愛育病院 小児科おかもん先生 だより Vol.348
「泣きたいのは私のほう」、マタニティーブルーと産後うつの話
深夜2時。やっと寝かしつけた赤ちゃんが、また泣き始める。抱き上げながら、自分の頬にも涙が伝っている。なぜ泣いているのか、自分でもわからない。
こんにちは。愛育病院小児科のおかもん先生です。
産後のこころの不調は、決して「気持ちの問題」ではありません。ホルモンの急激な変化と、慣れない育児による睡眠不足が重なって起こる、からだの反応です。今回は、産後のメンタルヘルスについてお話しします。
涙が止まらない。それ、あなただけじゃないんです
退院した日から、何もないのに泣いてしまう。赤ちゃんはかわいいのに、なぜか悲しくて仕方ない。そんな自分がおかしいんじゃないか、と思っていませんか。
産後に突然涙が出てくる。これは「マタニティーブルー(baby blues)」といって、実は4割くらいのお母さんが経験しています [1]。異常なんかじゃありません。からだが一生懸命、ホルモンの変化に追いつこうとしているだけです。
出産後はエストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンが急激に低下します。この変化が脳の神経伝達物質に影響を与えて、涙もろさ、不安、イライラ、集中力の低下といった症状を引き起こします。通常、産後3~5日目にピークを迎えて、2週間以内に自然に落ち着きます [1]。

おかもん先生より
外来で「こんなに泣いているのは私だけですか」と聞かれることがあります。4割です。あなただけではありません。泣きたくなること自体は、からだがホルモンの変化に適応しようとしている証拠です。
2週間を過ぎても、まだつらい。それは別のサインかもしれません
「2週間で治ると聞いたのに、もう1か月近くつらいままです」。そういう方もいます。2週間を過ぎても症状が続いている場合、それはマタニティーブルーではなく、産後うつの可能性があります。この2つはよく混同されますが、別のものです。
マタニティーブルーは産後35日に現れて、2週間以内に自然と収まります。一方、産後うつは産後2週間から数か月にかけて発症し、2週間以上にわたって症状が続きます。マタニティーブルーが約40%のお母さんに起こるのに対し、産後うつは約1015%。マタニティーブルーが涙もろさや軽い不安にとどまるのに対し、産後うつでは意欲の低下や強い罪悪感、日常生活への支障が出てきます。
日本の調査で10万人以上のお母さんを調べた研究があります。産後1か月の時点で、7人に1人が産後うつを経験していました [2]。初産のお母さんは経産婦に比べてリスクが1.76倍高いことも示されています。
2週間以上続く気分の落ち込み、赤ちゃんへの無関心、強い罪悪感。これらが重なっている場合は、産後うつの可能性があります。
「ただの疲れ」と「うつ」の境目がわからないとき
正直に言います。疲れとうつの区別は、自分ではなかなかつきません。でも、ひとつ目安になることがあります。次のようなことが2週間以上、ほとんど毎日続いているなら、一度相談してみてください。
気分の落ち込みが続いて、何をしても楽しめない。赤ちゃんに対して無関心になってしまう、かわいいと思えない。十分寝る時間があっても眠れない、あるいは逆に起きられない。食欲が極端に落ちた、あるいは止まらない。「自分は母親失格だ」という強い罪悪感がある。死にたい、消えてしまいたいという考えが浮かぶ。
産後うつのリスクが高いのは、うつ病の経験がある方、妊娠中に気分が落ち込んでいた方、パートナーや周囲のサポートが少ない方、大きなストレスを抱えている方です [3]。
死にたい、消えてしまいたいという気持ちが出てきたら、今日中に相談してください。恥ずかしいことではありません。それは脳の化学的な変化による症状です。
授乳中でも治療できます
産後うつの治療は、カウンセリング(心理療法)と薬物療法の2本柱です。「授乳中だから薬は飲めない」と思い込んでいる方が多いのですが、授乳を続けながら使える薬はあります。
軽度から中等度の場合、まずは認知行動療法や対人関係療法といったカウンセリングが有効です。中等度以上や日常生活に大きな支障があるなら、抗うつ薬(SSRI)を併用することもあります。授乳中の第一選択はセルトラリンで、パロキセチンも選択肢になります。いずれも母乳への移行が少なく、授乳を続けながら治療できるケースがほとんどです [3]。
睡眠を確保する(夜間授乳をパートナーと分担する)。日中に少しでも外に出る。完璧な育児を目指さない。信頼できる人に気持ちを話す。どれもひとつでいいので、今日から始めてみてください。
ひとりで抱えないでください。頼れる場所はあります
「夫に言っても『頑張れ』としか言われない」「実家も遠い」。そう感じているあなたに伝えたいのは、頼れる場所はちゃんとあるということです。
連絡方法
- 産婦人科(出産した病院)
- 電話で予約
- 港区みなと保健所
- 03-6400-0084
- 港区こども家庭センター
- 各地区総合支所
- 港区産後ケア事業
- 港区HPから申請
- よりそいホットライン
- 0120-279-338(24時間)
- 小児救急電話相談
- #8000
内容
- 産婦人科(出産した病院)
- 産後健診で相談、または臨時受診
- 港区みなと保健所
- 保健師による個別相談
- 港区こども家庭センター
- 子育て全般の相談
- 港区産後ケア事業
- 宿泊型・日帰り型・訪問型
- よりそいホットライン
- 精神的につらいときの電話相談
- 小児救急電話相談
- 赤ちゃんの体調が心配なとき
エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)という、自分で答えるタイプの質問票があります。9点以上で要注意とされていて [4]、産婦人科や1か月健診で使われることが多いのですが、ご自身で受けてみることもできます。

おかもん先生より
外来で「かわいいと思えない」と泣きながら話してくれるお母さんがいます。それを言えること自体が、赤ちゃんを大切に思っている証拠です。パートナーに「頑張れ」と言われてつらかった気持ち、よくわかります。産後うつは「頑張り」で治るものではありません。専門家の力を借りることは、赤ちゃんのためにもなります。
今号のまとめ
- マタニティーブルーは産後の約4割に起こる一過性の反応で、2週間以内に自然に治まる
- 2週間以上症状が続く場合は産後うつの可能性があり、受診が必要
- 産後うつは約10~15%の産婦に起こり、ホルモン変化と環境因子が重なって発症する
- 授乳中でも治療は可能。カウンセリングや投薬で回復できる
- ひとりで抱え込まず、産婦人科や港区の相談窓口に早めに相談を
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ご質問・ご感想
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愛育病院 小児科 おかもん先生
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