愛育病院 小児科おかもん先生 だより Vol.109
書字障害(ディスグラフィア)、書くことの困難の理解と支援
こんにちは。愛育病院小児科のおかもん先生です。 前回はディスレクシア(読字障害)についてお話ししました。今回は書字障害(ディスグラフィア)です。 「字が汚い」「漢字が覚えられない」「ノートが取れない」、こうした困りごとの背景に書字障害が隠れていることがあります。書くことへの苦手意識は学習全体に響いてくるので、早めに理解して支えることが大切です。
Q1.「書字障害とはどんな状態ですか?」
——小学2年生の息子は字がとても汚く、漢字テストはいつもほぼ0点です。何度書き取りをしても覚えません。怠けているのでしょうか?
いいえ、怠けているのではありません。書字障害(ディスグラフィア)は、知的能力に問題がないにもかかわらず、文字を書くことに著しい困難がある状態です [1][2]。
書く行為には非常に多くの認知機能が必要です。文字の形を記憶から呼び出し、手の運動に変換し、スペースや配置を計画し、同時に内容を考える、この複雑な処理のどこかに困難があると、書字に支障が出ます。」
主な困難
- 運動性書字障害
- 文字を書く運動自体が困難
- 言語性書字障害
- 文字の想起・綴りが困難
- 視空間性書字障害
- 文字の空間配置が困難
特徴
- 運動性書字障害
- 字が極端に乱れる、筆圧のコントロールが難しい
- 言語性書字障害
- 漢字が思い出せない、ひらがなの書き間違い
- 視空間性書字障害
- マスからはみ出る、行が曲がる、文字の大きさが不揃い
日本語の場合、特に漢字の書字で困難が顕著になります。漢字は形が複雑で、画数が多く、似た形の文字が多いためです。ひらがなは書けても漢字が書けない、というお子さんは珍しくありません [2]。
また、書字障害は読字障害(ディスレクシア)と合併することも多く、両方の困難を抱えているお子さんもいます。」
ポイント
- 「字が汚い」だけでは書字障害とは限りません。日常生活への支障の程度が重要
- 何度書き取りをしても覚えられないのは「努力不足」ではありません
- 日本語では漢字の書字で特に困難が目立ちます
Q2.「書字障害の原因は何ですか?」
——書き取りの宿題が少なかったせいでしょうか?
練習量が原因ではありません。書字障害の背景には、いくつかの認知機能の弱さが関わっています [3][4]。
説明
- 視覚記憶
- 文字の形を記憶にとどめる力
- 視覚-運動統合
- 見た形を手の動きに変換する力
- 音韻処理
- 音と文字を対応させる力
- 微細運動
- 指先の細かい動きをコントロールする力
- ワーキングメモリ
- 複数の情報を同時に保持・操作する力
書字への影響
- 視覚記憶
- 漢字の形が覚えられない
- 視覚-運動統合
- お手本を見ても書き写せない
- 音韻処理
- 聞いた言葉を文字にできない
- 微細運動
- 筆圧が不安定、字が乱れる
- ワーキングメモリ
- 板書の書き写しが困難
特に日本語の漢字は、視覚的に複雑な形を丸ごと記憶する必要があります。英語のスペルは音韻ルールがある程度ありますが、漢字には体系的なルールが少ないため、一つひとつ視覚記憶に頼る部分が大きいのです。
視覚記憶が弱いお子さんにとって、漢字の書き取りを何度繰り返しても定着しないのは当然のことです。違うアプローチが必要です [4]。」
ポイント
- 書字の困難は複数の認知機能が関わる複雑な問題
- 「書いて覚える」方法が合わないお子さんがいる
- 本人に合った学習方法を見つけることが大切です
Q3.「書字障害はどうやって評価しますか?」
——学校からは『字をもっと丁寧に書くように』と言われます。検査で分かるものですか?
書字障害の評価にはいくつかの検査があります [2][5]。
内容
- STRAW-R
- 標準読み書きスクリーニング検査
- WISC-V
- 知能検査
- Rey複雑図形検査
- 複雑な図形の模写と再生
- VMI(視覚-運動統合検査)
- 図形の模写
- 書字サンプルの分析
- ノートや作文の分析
評価のポイント
- STRAW-R
- 書字の正確性(仮名・漢字)
- WISC-V
- 認知プロフィール(処理速度、ワーキングメモリ等)
- Rey複雑図形検査
- 視覚記憶・視覚構成能力
- VMI(視覚-運動統合検査)
- 見た形を書く力の評価
- 書字サンプルの分析
- 字の形・大きさ・配置・速度
評価で大切なのは、何が書けないのかを細かく分析することです。
- ひらがなは書けるのか?カタカナは?漢字は?
- お手本があれば書けるのか?(模写はできるか)
- 聞いて書く(聴写)と見て書く(視写)で差があるか?
- 書字の速度は同年齢と比べてどうか?
これらの結果から、どの段階の処理に困難があるかを特定し、その子に合った支援方法を考えます [5]。」
ポイント
- 「字が汚い」の一言で片づけず、困難のパターンを分析することが大切
- 模写・聴写・自発書字など、課題の種類で書字能力は異なる
- 検査結果を具体的な支援に結びつけることが目標です
Q4.「どんな支援が効果的ですか?」
——書き取りの宿題を何度もやらせていますが効果がありません。他に方法はありますか?
書き取りの反復だけでは改善が難しい場合、以下のようなアプローチが効果的です [5][6]。
- 2漢字の構造を分析して教える
- 偏(へん)と旁(つくり)に分解して教える
- 「木」+「寸」=「村」のように、意味と結びつける
- 漢字の成り立ち(象形・指事・会意・形声)を活用する
- 2多感覚アプローチ
- 大きく空書き(空中に指で書く)
- ザラザラした紙の上でなぞる(触覚を使う)
- 粘土で文字の形を作る
- 書きながら声に出す(聴覚も使う)
- 2書字量を減らし、質を上げる
- 1日に練習する漢字の数を絞る(3〜5字程度)
- 書く回数より「正しく1回書く」ことを重視
- 分散学習(毎日少しずつ)が効果的
- 2ICT(情報通信技術)の活用
用途
- タブレット(音声入力)
- ノートテイキング、作文
- ワープロ・キーボード入力
- レポート、テスト
- カメラ機能
- 板書の記録
- 漢字学習アプリ
- 漢字の練習
メリット
- タブレット(音声入力)
- 書字の負担なく内容に集中
- ワープロ・キーボード入力
- 読みやすい文字で表現
- カメラ機能
- 書き写す必要がなくなる
- 漢字学習アプリ
- 筆順アニメーション、反復学習
- 2合理的配慮の例
- 板書の写真撮影を許可する
- プリント・穴埋め式のワークシートを使う
- テストの解答をタブレットやPCで行う
- 漢字テストの出題数を減らす
特に大切なのは、『書く目的は何か?』を考えることです。漢字を覚えるためなのか、自分の考えを伝えるためなのか。目的によって手段は変えてよいのです。自分の考えを表現する場面では、音声入力やキーボードを使ってもよいのです [6]。
ポイント
- 書き取り100回より、構造を理解して正しく3回書くほうが効果的
- ICTは「ズル」ではなく「眼鏡のような補助ツール」
- 書字の負担を減らし、学習内容の理解に集中させることが重要
Q5.「書くことが嫌いになってしまいました。どうすればいいですか?」
——作文の宿題のたびに泣きます。書くこと自体を嫌がるようになってしまいました。
お子さんの気持ちを想像すると、胸が痛みますね。毎日の学校生活で何度も『書けない自分』と向き合わなければならない苦しさは大きいです [7][8]。
書字障害のお子さんが書くことを嫌がるのは、学習性無力感(何度やってもできないので、もう努力しても無駄だと感じること)が生じている可能性があります。これは二次障害の入り口でもあります。」
お子さんの気持ちを守るために:
- 2
「書かなくてもいい」場面を作る
- 日記を音声メモに替える
- 作文を録音で提出する
- 書字以外の方法で表現する体験を増やす
- 4
得意なことで自信を取り戻す
- 口頭でのプレゼンテーション
- 絵や図での表現
- プログラミングなど別の手段
- 6
自分の特性を理解する手助けをする
- 「脳の得意不得意がある」ことを年齢に応じて説明
- ディスグラフィアのある有名人の話を共有
- 「道具を使うのは当たり前」という考え方を伝える
- 8
学校と連携して配慮を確保する
- 個別の教育支援計画の作成を依頼
- 通級指導教室での支援を検討
- 担任・特別支援コーディネーターとの定期的な情報共有
最も避けたいのは、書字の困難から学習全体への意欲を失うことです。書けなくても理解はできている、考える力はある。その事実をお子さん自身にも周囲にも伝え続けることが大切です [8]。
ポイント
- 「書けないこと」と「理解していないこと」は全く別の問題
- 書字以外の表現方法を持つことで自信を保てる
- 二次障害(意欲低下、不登校等)の予防が重要です
今号のまとめ
- 書字障害は知的能力に問題がないのに書くことが著しく困難な状態
- 視覚記憶・視覚-運動統合・微細運動など複数の認知機能が関わる
- 漢字の反復書き取りだけでは改善しにくい場合がある
- 構造的な学習法とICTの活用が効果的
- 「書けない」ことで学習全体への意欲を失わせないことが最も重要
あわせて読みたい
- Vol.107「学習障害(LD)の基礎」
- Vol.108「読字障害(ディスレクシア)」
- Vol.106「発達性協調運動症(DCD)」
ご質問・ご感想
お子さんの書字の困難についてお悩みのことがありましたら、お気軽にご相談ください。次回の Vol.110 では「算数障害(ディスカリキュリア)」についてお話しします。
愛育病院 小児科 おかもん先生
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